『敗北の悔しさ~2018年インカレを終えて~』

本年も大学日本一を決める大学ボートの祭典であるインカレが9月6日(木)から9月9日(日)にかけて開催されました。
当部からは1×、4×の2クルーが出漕をいたしましたが、残念ながら予選、敗者復活戦の二日間で大会を終えることとなりました。

部の活動を再開して以降、4年目の出漕となった同大会ですが、今年は例年に比べ大きな期待感をもって挑んだわけですが、結果としてはここ数年と同じ二日間での敗戦ながらも、悔しさという点では昨年までとは比べ物にならないほどのものをフロント陣もそして何より選手たちも感じているのではないでしょうか。

1年前の敗戦から決意新たに掲げたチームとしての目標がインカレでの準決勝進出でした。そのために何をしていくか、今季はレースごとに課題や目標を明確にして、個々にそれを達成して、乗り越えてもきました。インカレ一カ月前からの夏季合宿ではフィジカルの強化を図ることを目的にハードエルゴを課しました。
これは私自身がインカレで勝負した年に自らに課したトレーニングであり、同じ内容を彼らにも求めました。もちろんやらされる練習では何の効果も生まないため、やるかやらないかの選択権も与えましたが、彼らはこれを乗り越えるという選択をしました。
そして見事にこれを乗り切って、レース4日前には当初から決めていたエルゴ測定を実施し、5人全員がこれまでの記録を上回るレコードを達成し、状態的には最高潮に近いものがあるという自信もありました。
また普段の乗艇時に陸から見るスピード感についても艇の違いはあれど、コンスタントでのパドル中には自転車で追いつくのも苦労するほど、艇速は増し、今までにない期待感を持っていたのも事実です。

それでもやはり大学ボートの祭典です。強豪校が集う大会です。レースレベルは高く、予選では目標としていた7分切りのタイムを裕にクリアしたものの、まだまだ他艇との差は埋まらなかったのが現実でした。
敗者復活戦ではほんの少しの期待感が打ち砕かれたショックも影響したのか、またラフコンも重なったせいか予選よりタイムを落として、本大会を終えました。これが現実なのかと受け入れなければならないのに少し時間を要しました。

思い起こせば4年前、当時対抗クルーとした2×クルーが選手の故障により出漕を断念し、部の活動再開後、夢に見ていた初のインカレ出漕さえも断念しようとしていた矢先に1年生主体とした4×クルーがインカレ出漕を私に直訴し、その熱意に後押しされ、認めることにしました。
世間一般ではインカレは記念出漕に値せず、勝負にならないのであれば自粛しろ、そう思われているかもしれません。私自身も同じように感じていたため、当初は出漕させることは考えていませんでしたが、彼らは単にチャレンジしたいという純粋な気持ちを持っていました。
これがインカレにチャレンジするという新たな姿勢、目標としてこれまで当部に受け継がれてきたものだと今は思います。このメンバーの中には今年4年目の出漕を果たした小林、川村がいました。

川村と言えば、同じ水上競技を高校時代に経験していたため、フィジカルの強さやポテンシャルは非常に高く入部当初から高い存在感を示していました。
1年時の東日本新人戦では上級生とのダブルスカルで決勝進出を果たし、結果と言う意味では当部として久々の快挙を成し遂げました。
また2年時も順当な成長を見せ、東日本夏季競漕でシングル準優勝を果たすなど、今後の期待感も高まる一方、頻繁に休みを挟むことが影響し、持ち合わせていた体力は維持するのが精いっぱいとなり、遂には最後までベストパフォーマンスを取り戻すことはなかったのではないかと思います。
それでも4年連続でインカレ出漕を果たし、最後まで戦い抜いてくれたことに感謝していると同時に、ここまでの逸材を開花させてやれなかった後悔も大いに残り、それだけの器の選手だったと思います。

そして主将小林については同じく1年時は飛ぶ鳥を落とす勢いで、川村と同じだけの成長を見せ、エルゴ記録も順当に伸ばしていました。当時この代は部員数も多く、その中でもきっとこの二人が部の中心となっていくのだろうと見込んでいました。
ですが、当時は10数名いた部員が一人、また一人と徐々に去っていき、部員数が減ってきたことが直接的なモチベーションの低下につながったのか、いつからか小林自身の気持ちの変化をこちらも感じるようになりました。
と同時に彼自身の成長もピタリと止まり、自身の甘えにつながる行動もしばしば見られるようになっていました。

そんな中、彼に新たな変化をもたらせたのが今の2年生の存在だったのではないかと思います。部員も減り、いよいよ自らが引っ張っていかなければいけない自覚も芽生え、主将を任され、この1年は自分を律して頑張ってきました。
何かと細かく言ってきたことが彼にとってもストレスにはなっていたでしょうが、『小林を変えたい』という私の思いと、『自らを変えたい』という小林自身の思いがあったからこそ互いに乗り越えてきたのではないでしょうか。
夏季合宿でのハードトレーニングでも常に自分がリードし、パフォーマンスとして記録でも見せ、その姿勢はチームをまとめるだけのキャプテン志が彼には備わっていたように感じます。
そしてインカレ前のエルゴ測定(2000mT.T)では遂に1年時に記録したベストタイムを大幅に更新する7分切りを達成するなど、ここ一番で最高のパフォーマンスを見せてくれたことに私自身にも嬉しさがこみ上げてきたものです。
こうした彼らの成長は私自身の指導が影響したかどうかではなく、選手として大きく成長してくれるということに指導者としてのやりがいを感じます。また結果だけでなく、人として逞しく成長したと垣間見えるこうした瞬間には感慨深いものがあると気付かせてくれるものです。

4年目のインカレ出漕は4年前と結果としては変わらないものかもしれません。
それでもこの結果には大きな成長が見て取れ、今までにないものを手にしているという実感もあります。と同時に、だからこそこの敗北の悔しさはこの3年間にはなかった異質なものとなっています。
昨日のレースを終えたチームミーティングでも言いました。
負けたことは悔しいが、やってきたことが間違いだとは思っていない、と。
それは皆も十分に理解しているものだと思っています。
でも負けたことには理由もあります。
勝つために、この悔しさや先輩らの無念を晴らすために次に何をするか、それを自身らで考えて行動していくしかないのです。
目先のことだけでなく、先々を見据えて一歩、一歩着実に。

今年でインカレも45回目の大会となっていたようです。私が最後に戦ったのが30回大会。ちょうど15年前のことです。
今でもその記録をwebサイトからたまに見て思い出すことがしばしばあります。その4日間で過ごした日々はかけがえのない時間だったからでしょう。
そしてそうなったことには理由があります。
私は29回の大会を終えた日に覚悟を決めたからです。翌年、絶対勝つと。
当時はインカレで4年生は引退のため、インカレ翌日の月曜日はボート界の元旦とも言える日でコースには誰もいませんでした。でも私はその日にあえて練習を開始しました。
あの時のはじめの一歩は本当に意味があったのだと思います。
人間、『思えば叶う』です。自らがそうなりたいと思うなら行動するからです。それはきっとかたちとなって表れます。

来年のインカレではどんな答えが待っているでしょうか。選手たちにとってもいつの日かこのインカレという大会が自身の中でも色褪せることなく、永遠に輝き続けるものであってほしいものだと心から願っています。

2018年9月8日
青山学院大学漕艇部
監督 須田 祐樹